HOMEコラム集>vol10

<ほーねっとのコラム− vol 10>

VOL10 「真の市民スポーツイベントの実現へ向けて」

ようやくこのコラムも10回目の原稿となりました。巷では私の「専門分野」であるスポーツと金を巡る衝撃的な報道がなされています。私も一応はアマチュアスポーツの側にいる人間ですので、いずれ、この問題は避けては通れないかもしれないと思いつつ、今回は珍しくお金の話題抜きのコラムにしたいと思っています。

統一地方選挙の第一ラウンドが終わりました。今回、最大の話題といえば東京都知事選挙だったのではなかったでしょうか。その結果は皆様ご存知の通り、石原慎太郎氏が三選を果たしました。

石原さんといえばここ数回のコラムで度々触れた東京マラソンの発案者であり、また2016年夏季オリンピックの東京招致活動の推進者でもあります。今回の都知事戦ではオリンピックやそれに関連する築地市場移転問題が争点となりましたが、この選挙の結果でよほどの事がなければ東京のオリンピック招致活動が後退することはなくなったと言えるのではないでしょうか。

そのオリンピック招致に向けた東京都のテストオペレーションというべき「東京マラソン」は、国内のフルマラソン大会としては最大級の市民参加型大会であり、同時に国際大会の日本代表選考会を兼ねるという、日本では新しい試みの多い大会でした。

前身となった大会が市民大会であった「東京シティロードレース」と、国際格式の大会であった「東京国際マラソン」の二つであることから、結果的に実現した形なのですが、東京という場所で開催されるレースながらその二つは性格の大きく異なるものでした。

「特定の距離を走る」というきわめてシンプルな競技であるマラソン競技ですが、同時に競技者のレベルの差の大きな競技であるともいえます。

そこでマラソン大会の競技規則では参加基準というものが定められています。具体的にはある一定の距離を定めた時間内に走れることが明記されています。

市民参加マラソンであれば、経験がなくとも「自称タイム」で参加申請することもできますが、国際格式の競技会では過去の日本陸上競技連盟の公認競技会記録を持つことが条件として加えられています。

東京マラソン2007の一般参加資格は『フルマラソンを6時間40分以内に完走できる男女』という非常に緩やかなもの。これでも、レベルは決して低くはなく、ある程度のトレーニングを事前に行う必要があります。

ところで、東京国際マラソンの最後の大会となった2006年大会の要綱を見てみると『マラソン 2時間30分以内』、『30kmロードレース1時間42分以内』、『ハーフマラソン 1時間10分以内』となっており、これはアスリートとして大会出場をしているハイレベルな出場者に限られていました。東京国際の出場者数は最大300人までであり、参加者多数の場合は記録の上位者を優先する、という形で運営されていました。

一方2005年で開催が終了した東京シティロードレースはというと、これは10kmという短い距離でしたが5000人が出場する、都内では大きな規模の大会でした。この出場資格が『10kmを1時間40分以内』でした。単純な比較の難しい長距離の話ですが、東京国際の参加資格であった30kmロードとほぼ同じタイムですので、両者の差は3倍以上ある、ということになります。

マラソン大会にはアクシデントがつきものであり、気候や選手の体調でタイムは大きく変わります。ですから、例え過去早いタイムを出せたとして、その大会で同等のタイムが出るかどうかは別の話。

これまでのマラソン大会でも、当日は道路の規制が行われてきましたが、国際格式レースの場合は車線の半分は一般車が通行できたり、完全規制してもその時間は限られていました。それはタイムの揃った少数のアスリートの場合はアクシデントがより少なく、また大幅なタイム差がないので通行止解除がしやすいということがいえます。

しかし市民参加大会では初挑戦のランナーも多く、また今回の場合、全国から多くの市民ランナーが土地鑑のないまま大会に臨んだことから、ミスコースも多くあったと聞きます。

いずれにせよ、3万人を越す出場者を集めた大会は日本でもはじめて。1964年の東京オリンピック以来、都内でマラソン競技を開催することは多々あれど、文字通り東京の主要地区を半日も封鎖することもはじめて。ほんとうに多くのリスクを承知で大会を開催した関係者の努力には感心するばかりです。

トイレが足らず、号砲がなってもトイレを待つ列から離れることができなかったという選手も多かったようですし、当日夜のテレビなどを見ているとボランティア配置の直前の変更とか、給水ポイントでも一部で混乱があったようです。実際、陸連関係者の中からは準備不足を認めるような発言があったことも新聞報道されていましたが、何より彼らが恐れていたのはやはり事故だったと思います。車の事故はもちろん、選手同士の接触や揉め事など、通常の競技会では考えられないようなアクシデントが想定されていたようです。

そして・・・最も彼らが避けたかったであろう事故が起きました。それは「競技会」部門のトップアスリートと一般参加者の接触。膝を真っ赤にしながらゴールテープを切った有森裕子選手。彼女はこの大会で競技者としての引退を表明していたわけですが、一般選手と接触してしまい転倒してしまいました。

今大会は男子の世界陸上日本代表選考会であり、女子選手は直接の関係はなかったとはいえ、有森選手は今大会の象徴的な出場者といえました。過去オリンピックで2度のメダルを獲得し、日本マラソン界の一時代を築いた名選手であり、市民イベントにも積極的に参加し、ランナー人口拡大にも寄与してきました。有森選手が最後の大会として東京マラソンに参加するということは、まさに今大会の象徴的な出来事であり、これからオリンピック招致活動を行う起爆剤でもあったはずです。

その大事な選手が転ぶという事故が起こったわけです。最後まで走りきった彼女の頬には、一般参加者や沿道の観客からの熱い応援に対する感謝とこれまでの想いが重なった涙が伝っていましたが、やはり痛々しさを感じずにはいられませんでした。

有森選手がまだ第一線の競技者として日本代表を争う状態であったり、あるいは男子選手が一般ランナーと接触でもしようものならば大会運営そのものを左右する事態となっていたことでしょう。記録もさる事ながら選手生命を考えると無用な接触などは避けたい。しかし様々な選手が走る市民大会では予測不能であるから、リスクをさけるためにトップアスリートは他の競技会へ逃げる可能性もあります。

一般ランナーからすればトップアスリートと同じ時間に同じコースを走ることに出場の意義があるわけで、このバランスに主催者も苦慮したことは想像できます。そこで、いくつかのリスクヘッジがなされたわけですが、このサイトに集まる、障害を持ちスポーツをされている方や、障害者スポーツに興味のある方、関わっておられる方(私もそうした一人なわけですが)にとっては残念な形になってしまった事があります。

それは、障害のある競技者の参加資格のレベルが高かったということ、なおかつその出場枠が非常に限定されたということでした。

フルマラソンの車いすの部では『レース仕様車で2時間以内に完走できる』男女25人以内、10kmロードでは車いす部門の男女25名以内、視覚障害者部門で男女50名以内、知的障害者部門で男女100名以内、移植者部門で男女50名以内という総数制限が課せられました。

10kmロードの場合、前身の一つである東京シティロードレースの流れをくんでおり、1時間30分以内に10kmを走破できること、という条件はすべての参加者統一のルールでした。東京シティロードの時代は1時間40分以内ですから、若干のレベルアップはありますが出場枠も東京シティ時代から変わりません。

東京シティはスタートも車いす、女子、男子の順で行われていましたが、今回の大会は同時スタート。車いすのランナーが最前列から飛び出して行きました。成績通りであれば男子のトップ選手よりも先に車いす選手がゴールしてしまうので同時スタートであっても問題がない、はずだったのです。しかし当日は気温の低い雨、しかも誰も経験のないコース。確かに車いす部門の優勝選手は誰よりも先にゴールテープを切ることになりましたが、主催者の「想定通り」に走る事のできなかった選手もいました。

運営面で考えると、障害のある選手にアクシデントが起こっても一般のボランティアでは対応が難しいということも、障害者枠の理由としてあげられるかも知れません。残念ながら障害のあるランナーを実際に見る機会自体が日本では少ない中で、この巨大大会のボランティアを研修することも非常に難しいという現実もあります。

東京には2つの障害者スポーツセンターがあり、多くの障害者スポーツ指導員がいます。普段陸上以外の競技に関わる指導員であっても、まったく初めてのボランティアよりは障害者ランナーとの接し方がわかるはず。実際センターではボランティアを募集していたのですが、これほどの大会ですからもっと様々な方法で東京の、いえ全国の指導員や障害者スポーツに関わる人々に声をかけるようにしていくことも必要ではないかと思います。

また、「誰でもが気軽にできる」マラソン競技だからこそ、一般の出場者、特に初心者に対して障害のあるランナーやトップランナーとの「走り方」を正しくレクチャーしていくことも必要ではないかと感じました。それは障害のあるランナーも同じで、正しいルールを出場者が共有し、気持ちよく抜きつ抜かれるという市民大会の楽しみ方をこれから広めていく必要があると思います。実際、レースが終われば同じエントラントとして交流された方々も少なくないようですし。

今回の東京マラソンに出場し、2時間40分台のタイムでゴールした市民ランナーから話を聞くことができました。彼は元実業団の選手としてニューイヤー駅伝の出場経験もあるベテランで、ホノルルマラソンでも年齢別上位に入る実力の持ち主。もちろん車いすランナーと共に走った経験があり、今回も車いすランナーを途中で抜いたそうです。

エントラントとしての彼に車いすランナーの存在を聞くと「まったく意識していない」という回答が来ました。マラソンコースの場合道幅もありペースを崩すこともなく抜くことができるし、危険な事は何もないということでした。

もっとも1秒を争う代表選考となると話は別だろう。あまり車いすのランナーが多いとスタート時に互いに進路が無くなったりするから不利益になる、という観測も伝えてくれました。

様々な人々が様々の意識で出場できることが東京マラソンの意義でありますが、競技会運営者である陸連と市民マラソン運営者である東京都の立場の違いは、今後の大きな課題となりそうですが、東京マラソンが多くの一般ランナーを呼び込んだように障害のあるランナーもより多く、より広く参加できるようになり、相互の理解がさらに進むことを期待し、今回のコラムを終了します。

ほーねっと

copyright(C) 1999-2009 Taisyo & Taisyo Web stuff (Power Boys)
All Rights Reserved