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<ほーねっとのコラム− vol 6>

VOL.6  トリノまであとわずか

2006年になりました。いよいよ2月10日にはトリノでの冬季オリンピックがはじまります。

すでに、スピードスケートチームは長野オリンピックの会場であった、あのM-Waveでの合宿を実施しました。1月4日から15日までの、10日あまり、あの会場を占有するオリンピックチーム、今回も多くのメダルを期待される状況において万全の体制で現地に赴くための最後の国内調整、そのあと海外での試合をこなします。

ところが、同じ氷上競技のオリンピック日本代表でありながら、カーリングの女子日本代表である『チーム青森』では後援会組織が立ち上がり、募金活動を開始したという情報が入ってきました。特に、チームの司令塔であるスキップの小野寺歩選手は、前回のソルトレークシティで率いた北海道の地元チームが解散し、新たな環境を求め津軽海峡を渡り青森で新チームを結成し、予選会に臨んだという経緯もあります。

従来、北海道、長野の協会が中心だったカーリングの選手強化というなかで、新興の青森では十分な支援体制が確保できなかったという状況で、公費に加えて1,000万円ほどの資金調達を目指しているといいます。選手はJOCの予算でトリノへ向かうことができますが、事前の合宿や現地での調整、そして選手を支えるスタッフなしにメダルが取れるほど、今日のスポーツは甘いものではありません。

残念ながらカーリングは競技がテレビで紹介されるのはニュースくらいなもので、スケートと比べれば微々たるもの。しかも、スピードスケートチームの所属選手が実業団チームまたはフリーとして資金・体制を確保しているのに対し、カーリングはャNラブチームの形式。まだ実業団チームがない状況で、よりよい環境を目指し選手とスタッフが自助努力しているという状況です。

カーリングに限らず競技団体は基本的に中立であることが求められ、その財源は会員である競技者や指導者、団体(チーム)からの会費と、JOC・体協からの助成金で賄われます。

野球、柔道のように多くの愛好者がいる競技や、あるいはサッカーのように多くの観客の入場が期待できるスタジアムでの試合での入場料や、テレビ放映権という収入が期待できる競技の場合は潤沢な予算を確保し、選手達の強化の時間と機会を用意することができます。また柔道・剣道やスキーのように段位や等級認定を行うことができるような個人競技の場合はその試験料や認定料という形での収入を得ることが可能となります。

しかし、団体競技の、それもマイナー競技であってはそうはいきません。会員から広く会費を集めたくてもその総数が少なくては集まる金額は限られてしまいます。会費をあまり高額に設定してしまうことも、新たな競技者を迎えるにあたり大きなハードルとなってしまいます。さらに、一般市民に親しみがなくてはメディアが取り上げることは難しく、そしてメディアが取り上げることが少なければスポンサーも支援する理由付けが難しくなります。

スピードスケートにおいて有力な実業団チームのひとつが日本電産サンキョー。世界最大のオルゴールメーカーであり、そして精密機械メーカーであった三協精機が日本電産グループ傘下に入り、新たにスタートしたチームです。

これまでも度々経営危機に見舞われた三協精機でしたが、現在の親会社である日本電産といえば高い技術を持つ企業を買収し、その技術を生かし再生するM&Aを積極的に展開することで知られています。間接部門のグループ共通化などの経営合理化に加え、不要なコストは徹底してカットしていくことで知られる永守社長の手法だけに、今回ばかりはチームの存続は難しいと見られていましたが、結果的には日本電産グループ各社のロゴを入れたチームユニフォームで新たな出発をすることができたのでした。

2005年12月16日付の信濃毎日新聞では、この日本電産サンキョーの矢崎スケート部長、そしてグループ総帥の永守氏のインタビューが掲載されています。想像通り、永守氏は「無駄な経費」としてスケート部の廃部を検討していたようです。『何で赤字の企業が、運動部、しかもマイナーなスケートをやらなあかんのか』という氏の気持ちは、おそらく多くの経営者の思いであろうし、一般の方も同じ見方をされていると思います。

そんな永守氏がチーム存続を許した理由は、『地元の深い愛着と強い要望』ということであるといいます。諏訪地域を代表するスケートチームとして、地域にも親しまれ、そしてジュニア層の憧れでもあった三協スケート部。長野オリンピックの開催された90年代だけでも宮部行範、島崎京子、そしてあの清水宏保もかつては所属していた名門です。そしてトリノへも大菅小百合、吉井小百合、加藤条治、長島圭一郎の4選手が代表に選ばれました。

日本電産グループはもともと部品メーカーの集合体であり、一般消費者にはあまり親しみのない会社です。オルゴールも日本電産サンキョーにとっては製品のひとつでしかなく、ですからスケート部が活躍しても直接それが売上に結びつくプロモーションとはなりにくいというのが現状です。しかし彼らが活躍すれば、彼らの所属企業である日本電産サンキョーの名が全国に知れ渡り、優秀な人材が集まることも期待できますし、彼らをサポートした日本電産グループ各社も同様です。

さらに、再建に向かって努力している自社はもちろん、グループ各社の従業員の皆さん、そして地域にとっても大きな励みになることでしょう。企業にとってもっとも大事な地域貢献は利益を確保して税金や雇用で地域に還元することと、永守氏はインタビューで述べていますが、それだけではなく地域の元気の象徴としての地元企業の選手のがんばりという地域貢献、いわゆるCSRを意識した経営も今日では求められています。

そのような流れを経営者として永守氏は判断されたのだろうと思います。選手・スタッフも厳しい状況で何をすればよいのか、ということをわかったうえで迎えるトリノでありましょう。

その日本電産サンキョーもホームリンクとする長野県岡谷市のやまびこスケートの森。ここのアイスアリーナは、トリノパラリンピックに出場するアイススレッジホッケーチームの強化拠点でもあります。アイススレッジホッケーは長野パラリンピックで初めて公式種目となった、冬季競技ではまだ歴史の浅い競技です。ホスト国としてすべての競技に選手を送り込まんと、指導者や選手を集めるところからスタートした日本。わずか5年で桧舞台に間に合いました。0からのスタートだけに、ノルウェー、イギリス等競技先進国を招き、技術の習得を行ったり、技術を補うためのスレッジ開発など、国や公的機関からの支援を受けてのスタート。クラブチームもない中、毎週のようにやまびこへ終結し、海外へ遠征してスキルを磨きました。

しかし、これはアイススレッジホッケー、いえパラリンピック競技に限ったことではなく五輪も同様なのですが、長野大会が終了すると共に助成金は1/10ほどにまで落ち込んだそうです。今では、パラリンピックや世界選手権以外の海外遠征はおろか、国内合宿ですら各選手の自己負担が大半になりました。これが日本のスポーツの現実です。ましてや実業団チームを持たない、障害者団体競技であればなおさらです。競技を続けるためには、そして代表の座を得るためには職が必要で、しかし代表の座を守るためには職を休む必要があるということが、日本の障害者スポーツの大半の状況と言われています。一般の方からすれば代表たるもの、特別の施策や特別の体制をもって優遇されるなり、強化に集中できているものだろうとお考えになるでしょうし、そうなっていないということに疑問をもたれることでしょう。しかし健常者のスポーツですら環境が悪化している今日、障害者スポーツではそのすべてが個人の情熱によって維持されているといっても過言ではないし、そうした環境を得ることができないことが他国とのレベルを埋めがたい状況になってしまっているのでした。

トリノパラリンピックを前に、アイススレッジホッケーチームは大きな力添えを得ました。チームを指揮する中北浩仁監督の勤務先である日立グループが今シーズンの強化に関わる費用を負担することになったそうです。中北監督が理想としてきた、積極的な海外遠征も、コーチ以外のスタッフの充実もようやく実現しました。そうした環境の後押しもあり、今シーズンは長野大会優勝、ソルトレークシティ大会2位、日本にとっては強大な壁であったノルウェーをアウェーで勝ち越すというチャンスも巡ってきました。日立グループといえば、日立システム&サービスがノルディックスキーチームを立ち上げ、小林早苗選手ら有望選手と全日本ノルディックの荒井秀樹監督を社員として迎えいれたことも大きな話題となりました。ノルディックの場合自社選手ということでPRもできますが、アイススレッジの場合は現在の代表チームには中北監督以外、グループ社員は所属していません。JPCのオフィシャルスポンサーではない日立グループにとって、今シーズンの障害者スポーツへの支援は社会貢献という側面が強いということです。特定の競技の支援を行わないまでも、ジャパンエナジーやアクサジャパンといった企業でbvebサイトで「1クリック募金」を展開、サイト来訪者のクリック数に応じた金額をJPCに寄付する活動を行っていますし、多くの企業がパラリンピックアスリートの写真展や講演活動に協賛するなど、従来にはなかった動きが目立ってきています。

長野大会から8年。国民もよる「ボランティア」という概念はその後のワールドカップサッカー開催の効果もあり、すっかり根付くことができました。多くの競技者もあの大会に満足することなくレベルアップを続けています。しかし、残念ながら国の政策としてのアスリート支援は年々縮小を続けてきました。そうしたなかで企業が自社の福利厚生でも、PR効果でもないCSR(企業の社会的責任)を果たすための施策としてスポーツや文化事業を支援するという動きが、ひとつの形となって現れてきました。障害者スポーツ支援だけがCSRではありません。またお金をだすだけがCSRでもありません。それでも、ひとつのわかりやすい形として具現化しやすいのがスポーツ支援であります。日本電産サンキョースケート部も、スレッジホッケーやノルディックチームも、その尖兵として今回のトリノ大会は重責を担うことになります。もちろん、それだけではなく、個人として、チームとして最高のモチベーションで戦ってくれることがなによりも結果につながると私は思います。そして、それこそが企業が求める効果であり、これからの流れを作る大きなベースとなるものだと思います。選手達はみな、その状態を肌で感じとっていることと思います。だから最高の結果が聞けると、私は信じます。

ようやくこのコラムで障害者スポーツの話題までたどり着きました。お金の話ばかりをして退屈もされたと思いますが、お金さえあればもっといい環境を、いい体制を用意でき、もっとプレイに集中できるだろうにと感ずることが、本当にたくさんあったと私は思っています。そして経済活動はやはり競技と密接に結びつくものなのです。それがあって、勝つための体制もできるし、勝つという必然性も、勝たなければならないという必要性もうまれてくるものだと思っています。これからも本稿ではお金絡みのお話は続くと思いますが、引き続きお付き合いください。そして、本戦ではこのコラムのことはいったん忘れ、アスリート達を応援し、楽しみ、そして大舞台での彼らの輝きを感じましょう。それではまた。

ほーねっと

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